近年、企業では、さまざまな新IT器機や新ITツールの導入が進みつつあります。例えば、自社の「コールセンター」や「カスタマーセンター」における「自動応答ロボット(チャットボット)」の導入です。
チャットボットというのは、「対話(chat)」と「ロボット(bot)」という2つの言葉を組み合わせた自動応答プログラムのことです。テキストと音声があります
企業の間でチャットボットの認知が進んだ結果、「コールセンター」や「カスタマーセンター」における導入が始まっています。オペレーターの工数削減や応答率向上に寄与するからです。また昨年からのコロナ禍によってコールセンターの運営に支障が出ていることも後押し要因です。
しかしながら、チャットボットの導入については良く考えることが必要だと思います。事前に自社の中で十分に議論をしておくことが、導入効果を実現する意味でも大変重要であると考えています。
何故なのか? それを考えてみたいと思います。
現時点での企業におけるチャットボット導入率は、2018年度のコールセンター白書によれば約17%です。導入を決定した企業は、どういうメリットや効果を期待して導入に踏み切ったのでしょうか。
主な導入メリットは次のようなものです。
(導入メリット)
1.カスタマーセンターにおける24時間、365日対応が可能になる
2.カスタマーセンターのオペレーター問合せ対応業務の削減と効率化が図れる
今後、進化したAIを搭載したチャットボットが開発されれば、さらに導入企業は増えていくと思われます。
また、チャットボットに限らずITを活用したさまざまなツールが今後開発され次々に導入されていくでしょう。この流れは変えられません。
しかし、ここで一度立ち止まって、社内でじっくりと議論していくことが大変重要なことであると考えます。何を議論するのかといえば、導入時の「具体的目的」を明確にすることです。何を実現したいのかです。そのためには従来の統計値がベースとなります。
お問合せ項目別や内容別、オペレーター1人当たりの応答数及び応答時間、男女年齢層、曜日別時間帯別・・、その中で例えば、頻度の高い基本的お問合せに関する有人オペレーター対応工数削減とか、若年層への有人オペレーター対応工数削減、等々です。漫然と導入してしまうと社内各部署で当初期待していた効果が得られないことがあるからです。
基本的に、これまでのチャットボット導入によるメリットや期待される効果というものは、「企業側の視点」に立ったものです。しかし、このような直接エンドユーザーに関わっていくようなITツールは、本来であれば「お客さま側の視点」に立って検討すべきであると思います。
単に他社が次々と導入していることから、自社も導入を前向きに検討しようというのでは、「お客さま側の視点」に立って考えていないことになります。
チャットボットの例でいえば、導入した場合、デジタルネイティブ世代はどう感じるのでしょうか。基本的に新しいデジタル器機や新ITツールの導入には、デジタルネイティブ世代ならば特に違和感を感じることは少ないでしょう。
では、シニア世代のお客さまはどう思うのでしょうか。人が対応してくれると思ったらロボットが答えてきた・・、良くわかる人にちょっと教えてもらおうと思ったのに・・、自分にはどれが最適かを聞こうと思ったのに・・、お客さまの選択は正しいですよとただ共感してもらいたかったのに・・等、このような思いで問い合わせをしてきたお客さまはどう思われるのでしょうか。
もしかすると、例えば「この会社はなんでも会社都合だな」「コスト削減第一主義か」「もう何年もこの会社の商品を使っているのになんか空しい・・」と思われてしまうと、最悪の場合、メーカースイッチ(離脱)されてしまいかねません。このようなことになったら会社側としては本末転倒です。
チャットボットのようなエンドユーザーと直接コンタクトする新ITツールではなお更です。このような事態を避けるために、予め社内で議論を重ね十分検討し、対策を講じた上で導入すべきであると考えます。
今日のように、あらゆる製品や商品やサービスが成熟市場となり類似品が数多い中で、自社としてどのような「考え方」や「戦略」で導入するのか、を真剣に考えておくことが大切でしょう。
類似商品や類似サービスが数多くある今日においては、そもそも商品やサービスで「差」が出にくいという状況にあります。
目先の変わった新商品が出てヒットすれば、たちまち類似商品が次々に市場に現れてきます。このような時代において競合他社と「差別化」していくにはどうしたらいいのでしょう。
方向性の1つとしては、「お客さま対応分野」において、「差別化」を進めていくということだと思います。筆者は元々が自動車会社出身であることから、以前カスタマーセンターの立ち上げに加わったことがありました。立ち上げ後、運営状況を観察フォローしていく中で、お客さまというのは修理対応で直ることであれば大きくならないのですが、対人関係における対応の悪さで感じた嫌な感じや、味わった不満感については、後からの挽回が大変難しいと知るに至りました。
つまり、競合他社との「差別化」を図るための1つは、これを「逆手」に取ることだと思います。お客さまが最も気にする「お客さま対応分野」において、他社と「差」をつけていくのです。「差」をつけるような方策を次々と打ち出していくことです。やがて、外から見れば「大差」になっていくはずです。
では実際に、お客さま対応分野でどんな「差」をつけていけば良いのでしょう。例えば、自動車販売会社(カーディーラー)の「お客さまの店頭ご来場」時のケースでいえば、
・問い合わせのあったお客さまには「親友」もしくは「自分の親」だと思って対応する
・お客さまがご来場されるとなった場合には営業担当が駐車場で丁寧にお出迎えをする
・駐車誘導後に助手席の奥様からドアをゆっくりと丁寧に開ける(まず開けて良いか尋ねる)
・ご主人と奥様が降車したのを見計らってご来場のお礼をお伝えし、ゆっくり誘導開始する
・営業マンが先に自動ドアを開けてショールームへと誘導する
・お客さまのご希望車種が最も良く見える車両の左斜め前の席をお勧めする
・着席したタイミングを見計らってショールームレディが飲み物メニューを手にお伺いする
・お話の途中で何度か飲み物を取り替える
・説明時には適度な頻度で奥様とも目線を合わせる(ご主人とのみ話さない)
・ゆっくりと話し、ゆっくりと説明する、必要であれば現車で説明する
・お客様のお話には最後まできちんと傾聴する
・見積書をお渡しするまでに3回は飲み物を取り替える
・最後にお客さまを駐車場まで話しかけながらゆっくりと誘導する
・助手席のドアを開けて奥様の乗車を促す(同時に本日のご来場のお礼をきちんと伝える)
・安全を確認後、道路に出てお客様のお車が見えなくなるまでお見送りする(一礼で良い)
上記の例は、自動車販売会社の店頭にお客さまがご来場された場合のケースですが、基本は「自分だったらどのように対応してもらいたいと思うか」です。
「ここまでやったとしても効果はあるのか」と思われるかもしれませんが、実際に新車営業マンの平均販売効率の約2倍の販売効率を実現ている自動車販売会社が存在しています。その会社は、このようなお客さま対応を競合他社との「差別化戦略」として会社方針で明確に打ち出しています。
つまり、「お客さま目線」に立った対応を、いろいろなステージや場面や部門において、この基本姿勢で臨めば良いのです。「お客様対応分野」のあらゆる場面において「お客さま視点」で対応することで、他社の追随を許さないくらいに徹底することです。ひいてはこれがお客さまのブランドロイヤリティを高め、やがて口コミで評判が拡散し新たなお客さまが次々にお店に来られるようになっていくのです。
最初のチャットボットの件でいえば、競合他社が次々に導入している中で、「自社は導入しない。あくまでもお客さまにはこれまで通り「人」がお話を伺っていく姿勢を当社は取る」というような思想というか考え方の方向性を明確にすることで「差別化」戦略の1つに十分になり得ると考えます。
導入を決定する前に社内で「企業目線」だけでなく、「お客様目線」に立って、導入したらお客さまはどう思うだろうか、どう反応するのだろうか、本当にお客さまの役に立つのだろうか、CS向上につながるのだろうか、というテーマで検討すべきであると考えます。
すべての場面において「お客さま視点」を貫くことで、お客さまに対する会社の考え方の明確な「メッセージ」となります。今後次々と開発されてくるIT器機やITツールについては、事前にしっかりと社内で議論の上、導入していくべきであると思います。